大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 昭和33年(わ)49号 判決

被告人 坂本鉄蔵 外二名

主文

被告人らを各懲役一年に処する。

被告人らに対しこの裁判確定の日から二年間それぞれ右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人らの連帯負担とする。

理由

(罪となる事実)

被告人坂本、同武知、同田中はいずれも尼崎市南清水字中野所在三菱電機株式会社伊丹製作所(以下単に会社という)に雇われ、同社総務部厚生課給食係として勤務していたものであるが、同会社の給食材料購入代金の支払が納品後二、三ヶ月位遅れてなされるのに着目して一策を案じ、昭和二六年一〇月下旬頃、各自出資して組合(後に三進商会と称す)を組織し、その資金で業者に対し給食材料納入と同時に、または会社の支払よりも相当早期に、現金で支払い、これに被告人らの利益を加算した金額の請求書を納入業者名義で提出して会社会計係に廻付させ、恰も業者が右請求金額の支払を受けるように装つて支払を受け、仕入代金との差額を騙取しようと企て共謀のうえ、

(一)、昭和二六年一〇月二九日頃から昭和二七年六月二四日頃迄の間前後三〇回にわたり別紙第一表記載のとおり、かねて知り合いの養豚業上原新太郎から肉豚一、六一〇貫六〇〇匁を代金合計一、二一九、五四三円位で仕入れ、これを被告人らが豚精肉に加工して会社へ納入し、会社会計係員に対し、右上原が豚精肉一、〇五二貫二九〇匁を代金合計一、八七七、六七二円で直接会社に納入したように同人名義の請求書を廻付し

(二)、昭和二六年一一月一八日及び昭和二七年一月一七日頃の二回にわたり、伊藤ハム株式会社からハム二四貫を代金三三、〇〇〇円で仕入れてこれを会社に納入し、会社会計係員に対し、前記上原新太郎がハム二四貫を代金四三、二〇〇円で直接会社へ納入したように同人名義の支払請求書を廻付し、

(三)、昭和二六年一一月五日頃から昭和二七年一月一七日頃迄の間前後三回にわたり、別紙第二表記載のとおり、松井商店こと松井惟治からサツカリン合計六〇、〇〇〇個を代金三六、〇〇〇円位で仕入れてこれを会社に納入し、会社会計係員に対し、右松井商店がサツカリン六〇、〇〇〇個を代金四八、〇〇〇円で直接会社へ納入したように同商店名義の請求書を廻付し、

(四)、昭和二六年一一月五日頃から昭和二七年六月二七日頃迄の間前後四七回にわたり、別紙第三表記載のとおり、株式会社不二屋本店から、カレー粉、栗味付、コーヒーその他の食料品を代金合計四三五、九四四円で仕入れてこれを会社に納入し、会社会計係員に対し、前記松井商店がこれらの食料品を代金合計六〇五、五二四円で直接会社へ納入したように同商店名義の請求書を廻付し、

(五)、昭和二七年七月一〇日頃、前記株式会社不二屋本店から、別紙第四表記載のとおり、良京、味の素及びサツカリンを代金合計二二、四八四円で仕入れてこれを会社に納入し、同年同月一四日頃、会社会計係員に対し、右不二屋本店がこれらの食料品を代金三七、三〇〇円で直接会社へ納入したように不二屋本店名義の請求書を廻付し以て会社会計係員をして、真実前記各商店がそれぞれの食料品をその請求金額で会社に納入し、その代金の支払を請求するものであると誤信させ、かつ、右代金を受領するに当つては自ら各商店の代行と称し、または他人を業者の如く仮装させる等の欺罔手段を用い、右商店が右請求金額の全部を取得するように装い、よつて、右(二)のハムについては昭和二七年二月五日及び同年三月五日の二回にわたり請求どおりの金四三、二〇〇円を、その他の食料品については各別表記載のとおりその請求どおりの金員を、その頃それぞれの商店に対する食料品購入代金支払名下に支払を受け、仕入代金との差額金八六三、七二五円位を騙取したものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人の主張の要旨は、被告人らは会社の食堂の炊事係または運搬係であつたが、当時会社の給食材料購入代金の支払が甚だしく遅延し、ために業者等が納品を渋つているのを見て、自分らの手持現金を集め、現金で商人から給食材料を安く仕入れ、会社に買つて貰えば、会社としても仕入れが楽になり、自分達も幾らか儲かると考え、茲に被告人らがこれらの業者から給食材料を買入れ、これを会社に販売したものであり、このことは会社の給食係長として中島厚生課長よりの権限委譲を受けて給食材料購買事務一切を担当していた瀬部建一の諒解を得、さらに中島厚生課長にもことわつて買取つて貰つたものである。従つて被告人らは会社の給食材料の購入権限者であつた厚生課給食係長との売買契約に基いて起訴状記載の如き代金(業者の納入価格に被告人らの利潤を加えた代金)で売却納品しているのであるから、法律上当然に会社からその請求しただけの代金の支払を受ける権利を有したのである。ただその正当な代金を請求するに当り、自分達の名前を出さずに業者名義を使用したけれども、これも購買責任者である給食係長らの諒解を得ているのであるから、会社を欺罔したことにはならないのである。かりにその事情を知らない支払事務担当者たる会計課係員に対する関係において欺罔行為があつたとしても、それは被告人らの正当な権利を実行するに当つて欺罔行為を用いて相手方にその義務を履行させたに過ぎないのであるから、法律上詐欺罪を構成するものでないというに帰着する。

よつて、前掲挙示の各証拠を仔細に検討するに、会社の従業員就業規則には、従業員が不当にその地位を利用して私利を図つたときは懲戒解雇に処する旨規定されているところ、被告人らは会社の給食係従業員であるにかかわらず、会社の給食材料購入代金の支払が納品後二、三ヶ月位遅れてなされるのに着目して一策を案じ、判示の如く、被告人らが出資して三進商会と称する組合を組織し、同商会の資金で業者に対し給食材料納入と同時に、または会社の支払よりも早期に、現金で支払い、これに被告人らの利潤を加算し、あるいは、さらに肉豚を精肉に加工してその利潤をも加算した金額の請求書を各仕入先の業者名義で提出して会社会計係へ廻付させ、右代金を受領するに当つては、自ら右業者の代行と称し、または他人を業者の如く仮装させる等の欺罔手段を用い、業者が右請求金額の全部を取得するように装つて支払を受け、このようにして会社の給食材料購入に介在して中間利潤を利得することを営業として来たものである。

ところで、会社としては、会社経理の操作上給食材料購入後二、三ヶ月位遅れて代金の支払をなしたとしても、別に代金の支払に窮しているわけでなく、業者から継続的に給食材料を納入するのに対し順繰りに代金の支払をしているのであるから、必ずしも被告人らのような支払方法を講じなければ会社の給食材料の購入に困難を生ずるような状況にあつたものとは認め難く、況んや、会社の給食係員たる被告人らの資金で業者に対しさきに代金の支払をして貰う必要がないのは勿論、被告人らが業者から給食材料を買入れ、これに利潤を加えて会社に売付けることを営業とすることを容認すべき何等の必要も理由もないと認められるから、(終戦前後物資入手難の際一時的に従業員から物資を買つて貰つたような場合とは趣を異にする)、被告人らの前記の如き行為は正当な理由があるものと認め難く、不当に給食係従業員たる地位を利用して私利を図つたものというべきで、前記従業員就業規則に違反するものと認めるのが相当である。

尤も、会社の給食係従業員たる被告人らにおいて、前記の如く業者から仕入れた給食材料を利益を得て会社に売ることについて、会社の給食材料購入担当者たる厚生課長及び給食係長らより諒解を得ていたものであるけれども、会社の厚生課長又は給食係長らが部下の給食係員をして会社の従業員就業規則に違反する行為をしないよう監督すべき職責を有するにもかかわらず、却つて給食係員たる被告人らの依頼を受け、被告人らが右規則に違反し、不当にその地位を利用して私利を図るため業者から仕入れた給食材料を利益を得て会社に売ることを営業的に行うこと(右規則により懲戒解雇の事由の一つに規定されているような行為)についてこれを容認することは、正当な権限行使の範囲を逸脱する背任的行為というべきであり、しかも被告人らにおいても、もともと自己の右営業行為が会社従業員として不当のものであることを知りながら給食係長らに取り入つて黙認して貰つたもので、その後会社に対し取引代金を請求するに当つても、売主と自称する自己の名義を使用することをはばかつて仕入先の業者の名義を使つている点に徴しても、同係長らが被告人らの前記営業行為を容認することを以てその正当な権限内の行為であると信ずべき正当の事由があつたものと認められないから、同係長らの右権限外の行為について会社は責を負うべき義務がないものである。

而して会社において被告人らの本件営業行為及びこれを容認した給食係長らの行為を許容しないものであることは、その後本件行為が発覚するや、直ちに被告人ら及び給食係長らに対し断乎懲戒解雇処分を行つていることによつて明らかである。

従つて、被告人らは業者よりの仕入価格を超える自己の中間利潤に相当する金額を会社に対し請求する正当な権利がない筋合であるにかかわらず、会社会計係に対し前示の如き欺罔手段を施して支払を受けた以上、少くとも仕入価格を超える分について詐欺罪が成立するものと解すべきである。

なお、判示(一)記載の上原商店から仕入れた肉豚を精肉に加工し、被告人らの利潤を加えた代金を上原商店名義で支払を受けた事実については、会社においては被告人らが右の加工をすること及び中間利潤を得て営業することを許容していないうえ、右の加工も必ずしも勤務時間外に会社の器具設備等を使用しなかつたものでなく、むしろ勤務時間内に会社の器具設備等を使用してなされたものが相当あつて、これを区分することができず、かつ、被告人坂本、同田中は会社の炊事係である等の事情を勘案すると、(差戻前の第一八回公判調書中証人永本繁雄、同第一九回公判調書中証人山森弥八の各供述記載)、その正当な加工賃を算出することが不可能というの外はなく、しかも判示の如く上原商店から直接会社に精肉を納入したように装い、会計係をしてその旨誤信させて支払を受けたのであるから、判示(一)記載の上原商店からの豚肉仕入代金を超える分の全額について詐欺罪が成立するものと解する。

されば、弁護人の主張は採用することができない。

(法令の適用)

被告人らの判示所為は刑法第二四六条第一項、第六〇条に該当するところ、前記認定のとおり単一の犯意に基き営業的に行つたものであるから包括一罪と認め、その所定刑期範囲内で、被告人らをそれぞれ懲役一年に処し、なお犯罪の情状その他諸般の事情を考慮して刑の執行を猶予するを相当と認め、同法第二五条第一項を適用して、被告人らに対しこの裁判確定の日から二年間それぞれ右刑の執行を猶予することとし、訴訟費用については刑事訴訟法第一八一条第一項本文、第一八二条により全部被告人らの連帯負担とする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 本間末吉 原田久太郎 志水義文)

(別表一、二、三略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例